福岛再生へ 农学系の研究者が叡智结集

东京大学大学院农学生命科学研究科が叡智を结集し、福岛第一原発事故の被灾地支援に取り组んでいます。「农业再生の糸口をつかみたい」。多彩な分野の研究者が震灾直后にボランティアで立ち上がり、现地の住民と交流しながら现场主义で调査研究活动を进めています。
现地の役に立ちたい
「农に携わる研究者として、何か贡献したい、贡献しなくてはいけない」。2011年3月の东日本大震灾と原発事故。放射线植物生理学研究室の中西友子教授のそんな思いは、日増しに强くなるばかりでした。「农业は福岛県の主产业。农学系の教员はみんな同じ気持ちだったと思いますよ」。

図1:多彩な调査研究のテーマ
「农」に関する多彩なフィールドでグループ调査を进めている。セシウムについて、土壌への吸着动态のほか、土壌から作物への移行、野生动物や家畜の汚染状况、山からの流出やキノコ类による吸収、水田での除染法の试みなどを研究している。&肠辞辫测;搁颈辞辫辞辫辞
震灾から约1か月后の4月15日。农学生命科学研究科の全教员に、长泽寛道研究科长(当时)から原発事故被灾地支援の调査研究を呼びかけるメールが一斉送信されました。すでに个人的に动いている研究者も少なくはなく、すぐに50人以上が応じました。土、水、森、米、果物、鱼、家畜などさまざまな角度から研究テーマを提案し合い、分野ごとのグループを形成。「放射能汚染からの农业再生」という大きな命题に向け、中西教授をまとめ役に农学生命科学研究科全体で连携して取り组む流れが一気に加速しました(図1)。
ボランティア精神でのスタート。研究费の确保は二の次、叁の次で、可能な限り早く现地へと向かいました。现地の様子、放射能の分布などが刻一刻と変わる中で、より正确な事故の状况や実态を明らかにするためです。その后も各自がそれぞれ别の业务を抱える中、定期的に、継続的に、そして何よりも真挚に福岛の现场と向き合ってきました。
放射性物质は土壌に吸着している
放射性セシウムの福岛の土壌に吸着しやすい性质を确かめたことは、数ある成果の中でも特笔すべきことの一つです。「例えるならば、瞬间接着剤が付いた花粉のようなもの」と中西教授。事故直后に空気中を浮游したセシウムは、福岛の土壌に接するとすぐに表层で吸着し、その后植物に吸い上げられることはほぼありませんでした。
放射性セシウムは、今回の福岛第一原発事故で放出された中で、现在から今后にかけて最も大きな影响がある放射性核种です。放射量が比较的多かったことに加え、その半分近くを占めるセシウム137の半减期が约30年と长いためです。半减期とは、放射性核种が半分に减少する时间で、放射性核种ごとに固有の値をとります。
农地环境工学研究室の塩沢昌教授がさっそくの现地调査で、セシウムの大半が土壌表面から5肠尘以内に分布し、特に细かい粘土质や有机物に吸着していることを明らかにしました(図2)。また、山地から水が流れ込む溜池の底の测定结果から、落ち叶に付着したセシウムは落ち叶の分解とともに土壌に吸着し、山からほとんど流出しないと考えました。
放射线植物生理学研究室の中西教授と田野井庆太朗准教授はアイソトープ総合センターの野川宪夫助教(当时)らと共同で汚染土壌を用いる実験もしました。土壌を洗浄してみると、1度目でセシウムの20%程度が流出したものの、2度目以降は流出をほとんど検出できませんでした。また、イネを水耕と土耕栽培で育てた场合のセシウムの吸収量の差を调べました。水耕では根が水に溶けたセシウムを吸収する一方で、土耕ではセシウムはほとんど吸収されないことが分かりました。土壌がある条件では、セシウムが土に吸着するからです(写真3)。调査结果を里付けるように、2012年に福岛県で生产されたコメの全袋検査でも、検査した米袋の99.8%から全く放射能が検出されませんでした。

写真3:イネによるセシウム吸収の、土耕と水耕の比较
土中に根が伸びた土耕のイネは、土壌やその上に溜まった水にセシウムが含まれていても吸収しなかった。一方で土を使わない水耕のイネは、根が触れている水に含まれているセシウムを吸収した。
© Natsuko I. Kobayashi.
セシウムの土壌表面への吸着は、1986年のチェルノブイリの事故や、1960年代の核実験后の调査などでも知られていました。しかし粘土が多い福岛の土壌では、「吸着の速さも强さも予想以上だった」と田野井准教授は言います。
中西教授はセシウムについて、「土壌から水を通じての流出と拡散や、生物浓缩などの动きはほとんど示されない」と、かつての公害病の原因となった水银やカドミウムなどの重金属汚染との违いを强调します。対策を取るためには、まず相手を科学的に知ること。分布と动きを确かめることで、具体的な课题や除染方法を検讨する準备が整います。
现场主义で考える除染方法
研究グループの信条は「现场主义」。当初から一贯して、现地の生产者や狈笔翱団体、地方自治体などの立场に寄り添ってきました。深夜まで议论しあったり、农家と一绪に田畑でクワを担いで汗を流したりするのも日常茶饭事でした。
だからこそ、除染方法も地力の低下を最小限に抑える方法を探求しています。土壌物理学が専门の沟口胜教授は现地の狈笔翱「ふくしま再生の会」とともに、水田に水をひいて撹拌し、近くに掘った沟にセシウムが付着した细かい粒子を含む泥水を流し入れる方法を考えました。集まったセシウムは沟の底や壁にくっついてほとんど动きません。
农地とは生产现场。そして土壌とは长年かけて生成された贵重な生产资源です。厚く剥ぎ取って処分したり、高温や化学薬品で除染したりすれば、生产に不可欠な养分と微生物が田畑から失われてしまいます。生产者のことを考えればこそ、「大切な土壌を守らなくてはいけない」と强く思っているのです。
正确なデータを幅広く発信
こうした研究の成果や集めたデータは、一般向けにも幅広く発信しています。2011年9月から3-4か月ごとに开催してきた农学生命科学研究科主催の成果报告会も2013年12月で8回目となりました。农学生命科学研究科の様々な研究者が调査研究で分かったことを伝え、来场者の质问にも丁寧に答えています。
「より多くの人に、より正确なデータを」という思いから、2013年に厂辫谤颈苍驳别谤社から出版した英文成果集(Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident)はオープンアクセスとし、4か月间に1万件ものダウンロードがありました。狈贬碍ブックスからも『土壌汚染―フクシマの放射性物质のゆくえ』(中西友子着)を出版しました。今后へ向け、国际社会の正しい理解を得るための情报発信と、次世代を担う学生たちへ向けた放射能関连の新しい讲义や実习などの教育活动にも一层の力を入れているところです。
立ち返った农学の原点から福岛の未来へ
幅広い情报発信ができた背景には、ボランティアベースゆえの「身軽さ」がありました。特に现地の関係者には最新データをいち早く説明し、信頼関係を一层深めてきました。研究者间でも「何か困った时には远虑せず仲间に闻こうという雰囲気があった」と田野井准教授。研究科全体の协力関係が急速に深まっていったのは、全员が同じ思いを持っていたからです。
农渔业が自然环境の様々な要素と互いに関わり合っていること。そして研究が现场や生产者、消费者に直结するべきものだということ。「放射能汚染からの农业再生」という大きなテーマは、忘れがちだった农学研究の原点に立ち返るきっかけになりました。ボランティアベースだった活动は次第に研究费を受けるようになってきましたが、中西教授は「里山を大切にしてきた日本人の精神と、现场に役立つことを第一に考えるスタンスは、変わらずに贯いていきたい」と先を见据えます(写真4)。
福岛県产の农作物の流通量は回復しつつありますが、消费者の漠然とした不安は简単に解消しきれないのが现実です。また、土壌の放射线から现地の生产者が受ける影响などはまだ解明しきれていません。そして同时に、高齢化や后継者不足といった日本全体の农业が直面する课题もあります。これらを乗り越えるためには今后、より高度化した新时代的な生产システムの构筑が求められるのかもしれません。
「福岛の人が原発事故の影响を気にすることなく、本当の意味での『农业再生』に集中できる未来をつくりたい」と中西教授。専门家集団の思いを代弁し「継続してやり続けることこそが、私たちの使命です」と力强く话しています。
参考文献
中西友子着『土壌汚染―フクシマの放射性物质のゆくえ』(狈贬碍ブックス、2013年)
Tomoko M. Nakanishi & Keitaro Tanoi (eds.) Agricultural Implications of the Fukushima Nuclear Accident, Tokyo: Springer, 2013.
取材协力

中西友子教授、田野井庆太朗准教授